2017年10月16日月曜日

もちもちであつあつではふはふしながら食べるような白米が食べたい


こんばんは、くうです。
秋とは、とてもずるいです。
なぜなら、おかずが無くてもご飯が食べれる時期だからです。
画像より、もっともちもちでねとっとした柔らかいお米が好みです。
より美味しいお米がつくれる百姓を婿に貰おうと思います。
なんだか、発展途上国みたいな結婚制度です。あいつは馬200頭、俺は400頭!俺と結婚してくれ!みたいな。 



秋はなんだか、たくさん言葉が湧いてきます。

夏は、暑さとサマランとBBQと酒酒!みたいなパンパカパーンって感じで自らに残るものが少なかったんですが、ちょっと湿気が落ち着いて、着るものの素材もふかふかし出すと、じぶんの中にぬくぬく残るものが多くて、授業中も先生の話より自分の頭の中の話に夢中になります。 


そーやって内にこもってぼーっとしていると、きょうは、すごく深い眠りにつきました。2コマ分、爆睡でした。 
 

夢をみました。夢の中で学校に向かうんです。でも、電車を乗り間違えるし教室も間違える。現実の電車とも学校とも全く違うのに、以前にも夢の中できたことのある場所で「まーた乗り間違えた!」と思ったので、前回も乗り間違えたんですね。
まえみた同じ風景、駅の名前もありがちなのに現実にはない名前、建物の2Fは幼児コーナーみたいにカラフルマットが敷き詰められていて、その先にあるのが教室。きょう見たから思い出したけれど、見なかったら思い出せない世界だと思います。有ったのに無い。あるはずだけど見えない。 とか、そういう儚さの部類は、私を構成するなかで心で感じる大きい部分です。

スターウォーズを見た日の夢、という曲を以前わたしは作って、
「心の奥の奥に 入り込んでくる この心地 広がる柔らかさに 腰掛けた 透き通った群青色は 夢と現実の狭間 消えることなく 存在していく世界」って歌詞をつけました。夢って、なんであんなに気持ちが良いんですかね。独特の開放感と疑わない現実味と。平凡な夢ほど開放的な気分がある気がします。空気感が、普段生きてるときよりもなんかスーッとしてる気がします。夢にも寄るのかなあ。

作ったのは高3のときですが、「消えることなく 存在していく世界」ってところは、なんだかやっぱり、一度見たものはなくならない、あるのにみえなくなる、みえなくなってもなくならない、みたいなことを共有したいなって思ったんだと思います。


バンドの曲を、なかなか作ってこなくて、月兎をつくって11月で1年になってしまいます。その間、huhuhuを作ったり既存の曲を練ったり、弾き語りの曲を増産したりはしていたのですが。
はやく新しいうたを お披露目したいです。



言葉が余ってるので、もう少しだけ書きます。困った秋です。


何かが「できるようになった!」というような、習得タイプの物事って、人生の中でずっとやり続けられることが多いと思います。
自転車は一度乗れたら、よぼよぼになるまで乗れます。
包丁でりんごが切れるようになったら、いつでもりんごが切れます。
あっ、今日は調子わるいからりんごが半分に切れない!とかまず無いです。
いつでもツルンとむいてボリボリたべれます。

でも、気持ちに左右される「できる」「できない」は、とっても難しいです。
いつもはできるのに、今日はできない。なんて、しょっちゅうです。
心の余裕がないと、できないことは増える一方だなって思います。

きょう私ができなかったことは、
駅のホームからエスカレーターに乗るとき、「列の一番後ろに並ぶ」というなんとも人間として初歩的かつ道徳的なことができませんでした。

先日、思い出したことは、小中の給食の配膳のとき、絶対横入りしていたことです。後ろから真っ当に並んだ記憶がなくて、毎回、並んでる前の方の友達に話かけてその流れで自分の給食を作ってました。なんとも図々しい!
優しいフレンズたちだったので「みっつーここ入っていいよ!」と、本当にクラスの女子みんな言ってくれてて、その頃はどんだけ徳を積んだ生き方をしていたのか、さっぱり思い出せません。自ら積んだ徳のもとに、配膳は横入りをしていましたが、そんなのは
ぼうとくだ!と悔い改めたばかりでした。

超簡単なことの裏に、気持ちが混じると、すごくややこしくなります。

そんなことばかりな、日々だと思います。

関係ないけど、
歳を重ねるごとに、思い出とトラウマと増えていくことはとても重荷で、世の中の大人はどう折り合いをつけてるのかなってたまに思います。
結婚してる人の、昔の彼女の話とかを聞くと、いまはその人に対してどう思ってるのかな、とか、彼女との思い出を奥さんの前でふと思い出したりするのかな、とか。
たとえば、奥さんの得意料理が肉じゃがだったとして、それを美味しいって言いながら食べる。奥さんは喜んで、また作るね、といってよく食卓に並ぶ一品になったとしましょう。
けれど、一方で昔の彼女は、料理は下手ながらも肉じゃがを作ってくれて、
見るからに形も崩れてて彼女自身も自分のは失敗作なんだろうなって分かりつつも、申し訳なさそうに、「どうかな、、?」って四畳半の僕の一人暮らしの部屋、四角いテーブルを二人で向かい合って食べる。思わず美味しくないって顔をしてしまうと、すかさず彼女は「本当にごめんね...!」って傷ついたように、困ったように泣いたとしたら、僕は絶対に、ああなんて可愛いんだろうって思いながら、彼女の横に行ってなだめるのに苦労をするんだと思う。


おいしい、肉じゃが。
まずい、肉じゃが。
食卓によくでる、肉じゃが。

思い出を抱えたまずい肉じゃがを、おいしい肉じゃがを食べながら思い出していたら、「僕」だったら申し訳ないなあと思いながらおいしい肉じゃがを食べるし、 何もしらない「奥さん」は、旦那がそんなことを思っているとはつゆ知らず、満足そうに食卓に出すなんて、なんだか、すごく切ないし怖い。
知らないから上手くいくことがあって、知られたら相手を傷つけるから自分の中で折り合いをつけて、でも記憶と物は連動するから、その度に閉まっておかなきゃいけないものをそっと心にしまって、って、なんか大変だなあと思います。


大人になっれるっかな〜


ライトノベルを読んでくださってありがとうございました。秋は困っちゃう!くうでした〜〜!

10/18越谷easygoings
10/19新宿jam
10/24 下北沢daisybar
10/26 下北沢ブレス 弾き語り

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